昭和52(1977)年の夏、一か月半のドイツ語圏(東西ドイツ&オーストリア&スイス)の鉄道撮影に出かけた。
羽田空港から乗ったアエロフロート(ソビエト国営航空)機はモスクワを経由して、西ドイツのフランクフルト・アム・マインに到着した。 日本の国鉄から蒸気機関車は昭和50(1975)年に営業運転を終了していたが、まだ現役だった蒸気機関車をドイツ語圏に求めての旅だった。 ただ蒸気機関車だけでなく、西ドイツではクリーム色と赤のツートンカラーに塗られた特急牽引機が牽くTEE(Trans Europa Express)の撮影も目的にあったから、到着したフランクフルト周辺で撮影を行った。今でこそ名撮影地として有名になっているが、当時は見当もつかなかったので、トーマスクックの時刻表と詳細な地図で目星をつけた処へ出かけた。これが大正解だった。 |
ライン河に沿った場所。ザンクトゴアーとオーバーヴェーゼルの間を歩きながら撮影した。 |
上写真3枚、車窓と駅風景。 |
上写真2枚、(1977年7月29日 撮影) ゲミュンデン。フランクフルトHBFから一時間半ほど乗った場所。私が蒸気機関車ファンだと知ったドイツ人青年が、ニュルンベルクの博物館がいいから乗って行け、とさかんに薦めるのを振り切って降りた。ドイツらしい美しいロケーションに、やはり降りて良かったと思ったものだ。 |
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Last Updated 2014-04-24