ドイツ語圏
No.4 オーストリアの蒸気機関車 Vol.1 (1977年)

1977年、大学二年生の時にドイツ語圏へ鉄道撮影に訪れた。7月27日に羽田空港からアエロフロート機で、モスクワ経由で西ドイツのフランクフルトに着いた。
東西分離時代の社会主義国であった東ドイツ(ドイツ民主共和国)へ入国して1週間滞在。夜行列車でミュンヒェンに脱出。ミュンヒェン周辺での撮影後、オーストリアに入った。
オーストリア滞在は8月10日から21日であった。東ドイツでの撮影同様、持参フィルムが少なく、一枚一枚を数えながらの撮影であったから、見返してみると撮影したコマは僅かであったし、たいした写真が撮れていないのが残念だ。
オーストリアでは標準軌道の路線から蒸気機関車は退いていたが、ナロー路線では現役で活躍している路線があった。
撮影機材はカラーはポジでなくコダックのネガ使用で、カメラはPENTAX KX。白黒はトライXやネオパンで、カメラはゼンザブロニカS2である。(UPに関しては一部のコマで白黒へ変換してある)



上写真6枚;STEYTAL BAHN。シュタイヤ川に沿って走る風光明媚な路線。軌間は760mmで、1898年製造のC-1、298型が走っていた。


上;車窓の少女たち。こちらを見ていた少女たちにカメラを向けたら、満面の笑みで応えてくれた。


上写真5枚;ZILLERTAL BAHN。保存運転を行っている路線である。晴れるとオーストリアの美しい山々が見事であろうが、あいにくの雨模様だった。タクシーで汽車を追っかけ撮影した。


上写真3枚;WIENの北方、チェコスロバキアとの国境の町GUEMUNDからのオーストリア国鉄のナロー路線。1906年製造の399型、298型が居た。初め、この路線を知らなかったが、東ドイツのエルベ河に架かる鉄橋近くで会った英国人蒸気機関車ファンが教えてくれたので、急遽訪れた。そんな計画変更も時間の余裕があったからであり、今から思うと贅沢な旅行だった。


上写真;ナロー路線の出ているGUEMUNDは国境の駅だから、チェコスロバキアから大型の蒸気機関車が越境して乗り入れていた。煙室に付いた赤い星は鉄道が軍事施設扱いである社会主義のシンボルマークであり、機関車から身を乗り出す乗務員から撮影するな と怒られやしないかとハラハラしながら撮影した。社会主義国の機関車であっても、撮影場所は資本主義国だ。もっと堂々としつこく撮れば良かったと後悔している。


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