日本!(お神楽・田楽)
No.36 備中神楽(式年祭) 神光社
撮影場所&日;岡山県高梁市成羽町、 平成21(2009)年1月2日
撮影機材;Nikon D300+VR18-200mm、 D80+SIGMA10-20mm
現地情報;民家で産子さんが集まって行われる祭礼ですから、事前に当番様と神楽太夫(神光社)様に許可を申請して撮影。

岡山県高梁市成羽町の某民家で七年に一度行われる、荒神様をお祀りする式年祭の『式年神楽』を拝観・撮影してきた。
一年に一度、神社の例祭などで舞われる『宮神楽』は平成20年の10月に拝観・撮影しているが、『式年神楽』は初めてである。
『宮神楽』で奉納される舞の「榊舞」「導き舞」「猿田彦舞」「国譲」「大蛇退治」などは、全て『式年神楽』に包括される。『宮神楽』では、「榊舞」「導き舞」「猿田彦舞」など、舞殿及び天地中を清め祓う舞の基本舞以外の「岩戸開き」「国譲」「大蛇退治」は“神代神楽”と称されて、江戸時代中期に西林国橋(1764年生)によって創作された演劇性の強い舞の演舞が中心となる。
それに対して『式年神楽』では演目に神事、および神事色の強い舞の奉納が加わってくる。室町時代から続くと云われる演劇性が希薄なこれらの神事系の舞は“荒神神楽”と呼ばれ、“神代神楽”が娯楽として加わる以前からの曲であるという。「白蓋神事」「五行幡割り」「剣舞」や「託宣神事」などがそれに相当する。
式年祭は荒神様をお祀りされてる民家の家の中で、神迎えの後に奉納された。民家の八畳間を舞殿として斎行された。ここの荒神様をお祀りされる氏子さんは十一戸だけであるというが、荒神様はだいたい少数戸でお祀りされるものらしい。
今回の舞の奉納は、井原市に本拠がある《神光社 神楽社中》の皆様で、大変に素晴らしく迫力とユーモア溢れる熱演で、時間の経つのも忘れて食い入るように楽しませて頂いた。ユーモアとは“神代神楽”において、舞いだけでなくアドリブの話で拝観者を涌かせる点が舞だけのお神楽とは備中神楽の違う点である。しかしやはり“神代神楽”と“荒神神楽”を両方を同時に拝観すると、前者は農村娯楽として加わったという特徴がしっかりと判る。“神代神楽”の「大蛇退治」で拝観者が興奮さめやらぬ中で始まった“荒神神楽”の「布舞〜託宣」の鬼気迫る緊迫感には、拝観者一同が圧倒されて固唾を呑む静寂の雰囲気に包まれた。
午前8時から始まった式年祭が終わったのは、午後10時半であった。拝観に訪れた甲斐ある素晴らしい舞であった。
※なお、式年祭当番様、産子様ならびに神光社神楽社中様には大変にお世話になりまして、感謝申し上げます。

     《参考文献》
     【備中神楽】神崎宣武、光岡てつま;山陽新聞社
     【神楽絵巻】備北民報社

     《参考HP》神光社


■神迎え(下左)、■榊舞(下右)
神殿神事(前段)。当番さん宅の裏でお祀りされる本山荒神社、長地荒神社で、まず神迎えの儀が斎行される。
神迎えから猿田彦の舞までは「七座の神事」と称する。神殿(こうどの)などを清め祓う舞などが中心となる。

■猿田彦の舞(下左右)
神殿神事(前段)。天孫降臨の先払いとして路を開いた猿田彦命。備中神楽でも先導役として邪神や悪霊を祓う舞を舞う。

■白蓋神事(下写真3枚)
“荒神神楽”の神殿神事(前段)「白蓋神事」。神楽太夫さんが神降しの歌ぐらを詠い、唱えごとをする。天井から下がった白蓋(びゃっかい)をもう一人の神楽太夫が綱を操って揺らす。激しく揺り動かすことで、神様が降臨されてくる。神様とは荒神さまだけでなく、天神地祇八百万の神々である。
白蓋が激しく揺れる動座加持と、揺れが収まっての鎮座加持の二段に分かれる。

■岩戸開き(下写真3枚)
“神代神楽”。高天原で天照大神は須佐之男命の乱暴狼藉に手を焼き、岩戸に隠れてしまうので、世の中が真っ暗闇になった。諸神は岩戸から天照大御神に再出御頂こうと知恵を絞る。

■国譲り(下写真4枚)
“神代神楽”。葦原之中津国へ高天原から経津主と武甕槌命が降臨し、大国主命に国を譲るように迫る。高天原からの両神と大国主の口論、稲脊脛之命の仲介。事代主命は国を献じるように進言。建御名方は抵抗し、天高原からの両神と闘う。

■五行幡割り(下写真3枚)
神能“荒神神楽”。陰陽五行思想にのっとった、教化神楽である。翁面の万古大王が、太郎・二郎・三郎・四郎を神座に呼ぶ。そして荒神についてや陰陽五行説について語る。万古大王が去った後に、五郎だと名乗る王子が登場する。太郎〜四郎は、その王子が兄弟かどうかいぶかしみながら兄弟に加えるかどうか、各種質問攻めにして五郎に質す。やがて相談は決裂。すると仲介者の修者堅牢神が現れて、道化を交えながら兄弟を仲直りさせる。そこで五郎は兄弟に加わり、季節・暦・方位・木火土金水などを五分割して、五行相生の舞となる。

■八重垣の能(お田植えを含む)下写真5枚
“神代神楽”。嘆く足名椎、手名椎の両親、娘の奇稲田姫の処に須佐之男命が来る。八俣遠呂智が娘を順番に食い、次は奇稲田姫の番だという。それを聞いた須佐之男命は、何度も醸した強い酒を造り用意させる。大蛇が酔った隙に討とうというのだ。
酒の醸造には米が必要だ。この日の神楽能では、「お田植え」という農耕の予祝である田舞も舞われた。代掻きから早乙女による田植えまで、ユーモアを含みながら舞われた。

■剣舞(下写真)
“荒神神楽”。舞い納めの神事舞。各地のお神楽にも同様な曲があるが、今回拝観した備中神楽では「布舞〜託宣」の前に舞われることで、
託宣への神懸りしやすい場に祓いをする、清めの舞の意味合いが強いだろうと感じた。

■布舞〜託宣(下写真3枚)
神前神事(後段)“荒神神楽”の「布舞〜託宣神事」。白木綿を「ゴーヤゴーサマ」と激しく唱えながら振り回して乱舞するうちに神懸りとなって、トランス状態となる。そして依坐となって今年の吉凶を卜(うらな)う。卜は上に舞い上げたお米が落ちてくる処を握って、その握られた数で卜う。


Last Updated