撮影場所&日;古戸(2005・1・2&3)、下粟代(同、9) 愛知県北設楽郡東栄町、古戸、下粟代 |
花祭(1) (2)では舞を中心にUPしてきましたが、今回は舞の前後に斎行される神事を中心にUPしました。 花祭が八百万の神々を勧請して、「生まれ清まり」、家内・区内の所願成就を祈願する祭事であることを思えば、どのような神事が行なわれているか興味がありました。しかし土・日曜の花祭の場合、土曜日の午前中に神事があるケースが多く、仕事を終わって駆けつけても夕刻になるため、神事を拝観できませんでした。が、お正月2日には古戸において舞の前の神事を、9日には後の神事を撮影することができました。ただ、神事は各集落で同一ではなく異なっており、古戸と下粟代の例として御高覧頂けましたらと思います。 参考文献; 【霜月神楽の祝祭学】井上隆弘;岩田書院 【東栄町誌(伝統芸能編)】東栄町誌編集委員会 【花祭りのむら】須藤功;福音館書店 |
写真左【瀧祓い(古戸)】 本来、禊の意味があるが、今日では「御瀧の水」を迎える儀式として村内の瀧を天竜川に見立てて神事が行なわれる。 古戸では花宿から800mくらい離れた雑木林の中の、不動明王の石像の見下ろす一畳程の平地で行なわれた。 瀧のある小川に注連縄を渡し、切り餅・米・粟・かやの実・干し柿・お神酒・蕎麦と野老(ところ)を供物として置く。 花太夫が護身法を行い、九字印(臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前)を切り、三種大祓、観音経秘鍵、大祓祝詞奏上などする。そして瀧の水を汲む。 写真右【辻固め(古戸)】 写真は天門幣で、花祭(2)にUPしてある中在家とは形が違う。祭場を区画し、地上の諸霊を防ぎ祀る儀式。 荒神や悪魔外道を不動明王の呪力と経文の功力により封じ込めた後、五大明王勧請による五方立を行なう。 |
【高嶺祭(古戸)】 上空から降臨される諸霊を祀る儀式で、「天狗祭り」ともいう。花太夫・宮人が参加して、祓いの祝詞・祭文奏上、九字印を結ぶなどして、最後に「鬼門祓い」といって祭壇前の注連縄を切る。 写真は、神々が降臨される“アンテナ”ともいえる御幣群。人型の御幣は、四国物部村に伝承される呪術信仰の「いざなぎ流」の御幣人形にも見えて、花祭の呪術性を感じることができた。 注連縄の紙垂が、風もなく流れた、、、神々が来臨されたのか・・・。 |
【竃祓い(古戸)】 竃を祓う儀式。九字・護身法を修し、五大尊の印で東方に降三世夜叉明王を勧請し、五印で左右左と切り祓い、続いて南西北中央で行い、五大明王を勧請する「五方固め」をする。 |
【神寄せ(古戸)】 神部屋で太夫が二拍子に太鼓を打ちながら祭文を唱え、神々を招き入れる儀式である。太夫と宮人が参加して、祭文を唱えながら器に入った御神酒を時々、自分にかける(「おみきあげ」)。神々の霊力を自分につける呪術的側面がある。 |
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【湯立て】 竃に湯を沸かし、祓いをして諸神に献じ、祈祷をする神事。 太夫が釜に「御瀧の水」を注ぎ、二拍子の楽に合わせて祭文を唱える。湯の中に幣串の柄で印の文字を書く(写真左)。「御幣さす、ここが高天原なれば、集まり給え四方の神々」と呪文を唱え、湯の中で九字印を切った後、湯笹を振って五方へ湯をかけて清める(写真右)。 |
【舞】 花之舞・榊鬼は古戸で、翁は下粟代で撮影。 |
【聖燈(セイト=見物場)の女のコ】 写真左は、恐怖と爆笑に包まれる「おつるひゃる」の味噌塗り(古戸)。右は湯囃しの後に(下粟代)。 |
【神返し(下粟代)】 舞が終わると、勧請した神々にお帰り願う儀式が始まる。護身法・九字&五大尊の印を結んだりした後、太夫・宮人が半紙にのせた五穀を舞庭に放り投げる。「五穀祭」 |
【外道祓い(下粟代)】 祭場の注連縄を切るなどの儀式。太夫が、「ざぜち」を垂らした注連縄を切るなどして、結界を開放していく。神座、舞庭そして辻固めの幣の所などで行なう。 |
【荒神休め(下粟代)】 神部屋で祝詞奏上・荒神六印の法などを行なう。御幣などを麻で、隙間のないように巻く。神々の依り代を封印するのであろう。 |
【龍王鎮め(下粟代)】 神々の心を鎮め、還りいただき、祭場を元に戻す儀式。宮人が奏する笛・太鼓の楽に合わせて太夫が龍王面を憑け(つけ)て呪文を唱え、印を結びながら反閇(へんばい)を踏み、20分ほど舞う。独特な雰囲気での舞で、楽しかった花祭を名残惜しんで立ち去らない神・眷属や精霊などを追い出すような仕草や、剣で切りかかる仕草など、戦慄する呪術的儀式である。なお、小林・河内では非公開だそうである。 |
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Last Updated 2010-01-01