■ 島根県松江市美保関町、 美保神社および氏子域、 平成25(2013)年4月7日 撮影 毎年4月7日に本祭を斎行される「青柴垣神事」というおまつりがある。今年は日曜日となり、やっと奉拝・撮影に訪れることができた。 実際には4月1日の「粉はたぎ」という行事に始まり、10日の「一度祭り」まで、実に10日間に及ぶ長い祭りである。 そのコアーとなるのが7日であるが、この「青柴垣神事」は、古事記・日本書紀の『国譲り』の復演とも云われている。 「天照大御神が天孫降臨に先立って使者を遣わして、大国主命に中津国を譲るように迫った。大国主は美保碕で魚釣りをしている事代主命に判断を託す。使者が赴き事代主命に訊ねると、中津国は天孫に献じるという。答えると船を転覆させて海中に青い葉で垣をめぐらし、その中で天逆手をうって海中に篭られた」 というのが『国譲り』である。 しかし、復演を行うというそんな単純なものでないことが直ぐ分かる。本当に複雑で難解。はっきり言って、キャプションをどう書いたらいいかも分からない。何がそう複雑かというと、祭りの構成の複雑さ、そして各祭員の何をなしているのか意味の複雑さ。などなど。。。 祭りは美保神社の拝殿を舞台に神職さんも祭員となりながら、それでいて氏子の頭組織を中心とした祭員が主祭場の会所に存在し、両者が祭場を行き来しつつ進行していく。神社が中心となる祭儀と氏子の会所での祭儀が別々に行ったりクロスしたりと、進行も複雑。 美保神社の御祭神は三穂津姫命と事代主命である。 会所前でGetした青柴垣神事の解説パンフレットによると、「青柴垣神事」は稲の再生、復活を祈念したお祭りであったろう、と記されている。『国譲り』の解釈として、「出雲族は天孫族に征服あるいは服従を受けたということではなく、稲(穀霊)に太陽(天照大御神)をみたことにより、出雲族が豊富に産出する鉄製品を使って開墾した水田を献じ、その恩恵の中に生きる決断をすることが国譲り」とされている。もしその解釈通りとしても、美保関には水田は殆ど無く、生業は漁業や水運で栄えた町である。その生業と関係無い祈念を厳しい精進潔斎を一年間してまで務め上げる意義が、どうにも理解できなく複雑。 頭屋神主と呼ばれる“生き神様”の存在が二人、目を引く。行幸の時を含め、全ての時間において目を閉じた瞑目状態の姿である。 二人存在するが、その二人が御祭神の顕現した姿かというと、そうでもないようだ。頭屋神主様の2人の生き神様とは、どのような存在の神様なのか?難解。会所で瞑目して座る頭屋神主の両脇には、小忌人(おんど)と呼ばれる少女が2人控える。神船に向かう時にはかつぎで覆われるし、神船から高天原に見立てた陸に上がると達者という男に肩車されて、しかも蝶の形の神具をつけたかつぎで覆われて行列する。その異様な姿は、見物の子供が恐がって泣き出すほどに異界の姿である。その異界の姿となった小忌人とは、生き神様の頭屋神主に対してどのような神的な存在なのだろうか?分からない。 生き神様の頭屋神主や小忌人らの神社への行幸に先立って、天宇受売命が宮灘に下向し一行を出迎える合図をする。猿田彦命は二の鳥居で天宇受売命を待ち、共に神社へ戻る。神社が天津国であり、天孫降臨のワンシーンのように再現される。そして上記した生き神様らの行列となるのである。元々の生き神様の頭屋神主が居て、小忌人が生き神様になったということなのか?あるいは、生き神様ではなく、リアル神様の姿なのか?それでいて小忌人は神社境内まで行列してくると、いつの間にか居なくなってしまう。拝殿に入って奉幣の儀を斎行くされるのは頭屋神主であって、小忌人は関与しない。どうなってしまったのであろう? ともかく分からないことだらけであったが、荘厳で厳粛な雰囲気の青柴垣神事が、ゾクゾクしながら撮影できた。また奉拝させて頂きたいお祭りである。(お世話になりました皆様に、深謝) |
上2枚;会所の大棚飾り前で瞑目し座る、生き神様の頭屋神主(中央2人)。その脇に小忌人。さらに供人。一番外側両側が頭人。 |
上左;本殿祭における神楽。上右;「トーメー」(祭りの進行を知らせる)を触れ回る、ササラっこ達。9時の一度目から14時40分の七度半まである。 |
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上;頭屋神主が行事に先立ち、御幣振りを行う。 |
上左;会所から神船に向かう小忌人。かつぎを被り、顔が見えない状態だ。 上右;頭屋神主も瞑目のまま神船へ向かう。 |
上2枚;神船の中では「青柴垣・御船之儀」が行われる。神への再生の儀式だという。 |
上左;神船での神事が終わり宮灘へ戻ると、猿田彦と天宇受売命が迎える。 上右;すると巫女が「田楽下向」で乗船する。 |
上右;田楽(巫女)は乗船すると頭屋に拝して秘儀を行って下船する。 上右;小忌人は達者に背負われて上陸する。 |
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上左;祓解(ばっかい)という祓具の下の両頭屋神主。 上右;拝殿における頭屋神主の奉幣の儀。 |
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Last Updated 2013-04-21