滋賀県長浜市中野町(旧虎姫町中野)、 平成25(2013)年2月 撮影 平成24年の秋、北陸線を走る臨時列車の「SL北びわこ号」を撮影に、矢合・岩上神社に登った。ここから小俯瞰撮影するためだ。 その時に、境内を清掃奉仕される年配の男性とお話することができた。 驚くことに氏いわく 「昔、北陸線で蒸気機関車の罐焚きをしていた。」 という。米原〜田村の交直流ジャンクションで昭和43(1968)年くらいまで蒸気機関車が残っていたが、その区間運転で機関助手をされていたという。もう45年も前の話で、氏は機関士になる前に蒸気機関車が廃止になったという。当然、D50型にも乗務されていたわけで、蒸気機関車の撮影に出かけて国鉄時代の乗務員の方に出会えると思わなかったので痛く興奮した。とはいえ、しっかりオコナイについてもお訊ねしたところ、2月に行われるという。 今回、そのオコナイの社参から神社での祭典までを撮影させていただいた。 中野のオコナイでは花鳥風月の4つの組があり、かつては一週間にわたって行われたそうであるが、昭和初期に廃したそうである。 現在ではかなり簡素化しており、御鏡餅は外注で座の膳も弁当化している。社参も背広姿ではあっても、かなり自由な服装になっている。 午前11時の神社での祭典に向けて、集会所を鉦太鼓を叩きながら出立する。御鏡餅は桶に入れて肩に乗せていく。坂道が多いから肩に乗せた方が運びやすいからだそうだが、オコナイにおいて肩乗せタイプでの社参は珍しい。 社参した神社では神主さんによって、通常の神道祭式次第の祭典が斎行される。御神饌は、御餅である。ただ、中野のオコナイを拝していると、一般の神社における祈年祭と どう違うか?という疑問が沸いてくる。集会所における直会も神社での祭典もオコナイでなくてはならない内容ではない。ただ御餅に特化している点のみが、オコナイの残渣だろう。このように見てみると、オコナイが簡略化されていくと、通常の神道祭典に類似して収束していく感じがする。かつてのように御餅搗きから頭屋のクジまで頭屋宅において行われていた一週間に及ぶオコナイは、内容を変えて段々と神社祭典に取り込まれているように感じた。 ※ 中野町の皆様にはお世話になり感謝申し上げます。 |
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
Last Updated 2013-04-12